こだわり野菜と果物
さ~さ~お立会い^^ はじめますよ~(前置きは、、さておき)
私の本業はこだわり過ぎの八百屋さんです。
八百屋さんと言うのは(やっぱり前置きがw)3年一昔でその数をどんどん減らしています。
肉屋さん、魚屋さんも同じように。文具店も雑貨屋さんも小売業は同じように減っています。
そもそも小売店は、スーパーや百貨店にビビリ過ぎたようです。(多分結果的に)
敗因は「策が無い、無かった、」と思います。
ホームページを見ても、上位を占めるのは有名所の台頭ばかりです。
多分、こういったページを見るのは「こだわり奥様」が多いと思われますので、言っておきます!
「物や表示を見てOO産だから安心だわ~^^」
と考えるのはア・サ・ハ・カです。何処そこの商品だから。何処そこのデパートのだから。
1番安心なのは”あの人から買うこと”です。
雇われ担当者が居る”あの人”ではありません。
なぜか?
食べ物だからです。
当たり前過ぎますが、よ~~~く考えてみてください。
食べ物は”生き物です”工業製品ではありません。お天道様が作るから生き物で旬があります。
お天道様に左右されるから”豊作不作”がありますよね。
同じ味、同じ形、同じ色、同じ艶。この中で生き物として価値があるのは”同じでないけど味”です。
工業製品として価値があるのは”形、色、艶”そして製品の”完成度”です。
完成度をどこででも求めるが故に、食べ物では品種改良が進み、その果ては遺伝子組み換えですね。
この不景気に、何処へ向かって品種改良や遺伝子組み換えが行われるのか?
第1には箱詰めしやすい形 ⇒ 色 ⇒ 食べきれる大きさ ⇒ ほどほどの安定ある味 となります。
どういうことか?
先に書いた ”有名所” が台頭すればするほど”食べ物である生き物”を工業製品化に近づけることが
要求されます。(これを需要と供給とも言います)
なぜか?
形、色、大きさ、安定ある味。どれを取っても環境や自然とは離れてゆきます。(食物は生き物だから)
じゃ~~改良と遺伝子の分野を伸ばすと言う結論は”現代の実は消費者のニーズ”と言うことになります。
二ーズだから動きがあるのです。(動きは台頭を意味します)
世間一般では、改良⇒モドキ、遺伝子組み換え⇒環境破壊と言って憚りません。
これでは”都合のいいわがまま”としか言いようがありませんよね。
車はハイブリッドと言って、新車をどんどんと作らせる、買い替えをメディアでせまる、国は政策を成す。
しかし、新車を1台作る為の工場CO2排出量は1台の実動車平均で4年半分の排出量に相当する。
10万台作る、売れる。すると4500年分の実動車平均排出量になる。
これと同じことを”農作物”という分野では現在進行形ということ。
表面では奇麗事。 裏事情知るとチンプンカンプンなことを行っている訳ですよね。
そうそう、「本物のこだわり奥様」は実は非常に少ない。と言うか私自身”数人”しか見たことも聞いたことも無い。しかも、九州以外の全土を経巡ってみても。(九州以外は全国の農家を廻り旅をしました)
どんな人だろうか? 1番は自給自足をする人たちだ^^ (ではこのホームページがもたないw)
2番は”人から買う人”です。人というのは個人のことです。団体ではなし。
老舗と言う言葉がある。
最近では老舗=全国展開もよくある。しかし一昔前はもっと小さく長く”のれん”と言う言葉があったはず。
のれんは、広げないし大きくしない。その訳は”味と個人の気持ち”を変わり無く展開することを守り主張するためだった。(この禁を破ると最近流行の偽装表示に行き着くのはご存知のはず)
人から人へ~
食べ物であるが故に、商品じゃなし、気持ちが渡ること、渡り合うことができる人から”食べ物は買う”
ここが理解できていないとこだわりは始まらないし、始まってもいないのだ。
私自身が、農作物を仕入れる時。
人から選んで仕入れる。次に商品。そして値段。 「 人 ⇒ 商品 ⇒ 値段 」 となる。
この順番を間違えるとやっかいだ。
商品を見て値段が合えば仕入れるとする。(売れそうな値段という)
「見た目より高かったからやめる」「この大きさでこの値段じゃ~売れない、、やめる」
ここには「人」は存在しない。だから偽装表示が増える。増やせる。売る方も買う方もしょうがない訳だ。
なら、、、「この大きさでこんなに安いなら買いだ!」「この量でこの値段なら買いだ!売れる!買おう」
まともじゃないよ~~^^ これは。 工業製品じゃないんだってば!
訳アリ商品?? 食べ物は生き物なんだってば! キュウリが曲がってるのに訳は要らないんだよ?
おかしなものを食べて健康被害が出るとする。
それを、企業や製品のせいにする。(毒入り餃子などなど)
本当なら大人のやることじゃ~無い。
なぜ?
怪しいものは他にも5万とあるはずだ、しかも値段で選んでいるのだ。品質は最初から求められていない。
品質なら手作りが主流になるはずだ。選んだ・食べた・安かった・では自己責任の何者でもない。
私は吉野家さんの牛丼が大好きだ。
しかし、その品質を信じて食べているわけではない。何かあっても自己責任だと思っている。
味が好きになってしまった故に「死ぬ気で食べている^^」
少しでもあやしいいと思うものを進んで買う・進んで食べるということは大人の覚悟が必要と思う。
さらには、家族を巻き込まない事。一人で食べることは言うまでも無い。
アトピーに子供がなった。小児糖尿病になった。昨今ではいろいろある、珍しくもないw
原因無くして「突発性」とはいえない。原因は必ずあるから起こりうるのだ。
「突発性」と言う言葉だけで済まそうとするのは、大人の身勝手な逃げであることは言うまでも無い。
当事者の子供達には、食の未来など関係は無い。今財布を握る大人達に有る。
いま起こっていることが重要で、「今を安全で安心なもの」に依存することが全てなのだ。
キレイ事は全て関係無し。食べ物だから。生き物だから。咽を通る物だから。体を作る物だから。
※食に関する質問や疑問、食にまつわる関心事、食にまつわる病気に関する事、
食にまつわる栄養面に関すること、全ての食に関する事を何でもご相談ください。
バッサリ^^ お答えします。