チャンバラが好き 第3弾 切腹そして生き様
腹を切ると言うことは痛いと思う。
でも死のうとしている人は、我慢ができるらしい、、。
腹には内臓がぎゅっと詰まっている。刺した刀を横に引けば出口があったとばかりに、ぞろぞろ~
っと出てくる。切腹はその後、後ろで控えている介錯人が首を落とすことを言う。
切腹には、親戚縁者が皆集り、その光景を引き結んだ唇を噛みながら見なければならない。
真正面で見ている最も近しい縁者は当然、落とされた首から出るおびただしい血を浴びる。
綺麗に落とされた首を見てその縁者は「ご立派な介錯痛み入ります」と介錯人に頭を下げる。
しかし時には、腕の悪い介錯人に当たることもある。初めての場合や恐々する者。
この場合どうしても刀が首根で止まってしまったり、手元が狂って頭に斬りつけてしまう。
死に切れない、もがき苦しむのだ。苦しむ様を見るのは誰でもつらい。
中には子供をたくさん持った親が子の前で切腹するときもある。
赤穂浪士のような皆で揃っての、広い白砂での切腹は稀である。
子は父が死んでゆく様をどうやって受け止めていたのか?
父との思い出が走馬灯の中でくるくると廻っていたのか、あるいは真っ白な時が流れていただけ
だったのか。
心に傷を受けた少年が向かう先はどこなのか。昨日今日の世の中では考える術も無い。
一つだけあると思う。 綺麗な死に様を。
春、桜が満開の頃、散り行く桜庭の中で、まるで花見を楽しむかのような風情で死んで見たい。
皆に、ご立派でした、と言われるような。
皆に、涙を誘わないような。
切腹の様は、武士の最後の矜持。
「痛いよ~」「苦しいよ~」は時代が許さなかった。
こんな時、良くわきまえた介錯人もいた。腹を切った後介錯するのではなく
「よしやるぞ!」っと刃を突き立てる瞬間に首を落としてくれるのだ。
意気地がなさそうな武士には、願っても無い介錯人もいたのだ。
もちろんそのような呼吸を知る介錯人は稀で、事前に親類縁者が高額で雇うことになる。
あの世へ旅立つ痛さも、、、金次第だった。
昨今の医療も同じ。金次第で最後まで苦しまずに死ぬことも可能なのだ。
どうせ死ぬなら、苦しまず死にたいのは今も昔も変わらない。
後は、生きているうちに何を伝え何を残すのか。本人にはその事、実は知る由も無い。
金や土地を残したばかりに、逆に不幸になっている話はそこら中に転がっているものだ。
最近では不景気での引き金で、自殺する人が増加している最中だという。
年度末にはもっと沢山自殺するという。
金のために死ぬのか、誰かのために死ぬのか、自分のために死ぬのか。 第1部
身近に居たら言ってあげようよ「楽しいことはその辺にも有るよ~」 第2部 お犬様
優しさや労わりを持って生きる。金のために死んで何になる。 第3部 完
第4部 忍者と刀柄
生きてるうちが華、あせらなくとも、寿命がくりゃ~華も萎れますから、、、、、、ね
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