チャンバラ 第4弾 忍術と刀柄
忍家は甲賀、伊賀、風魔など戦国時代を代表する忍術家たち。
忍家は、その地域で伝えられた秘術を守って代々を築いてきた。
しかし戦国末期、徳川が600万石に伸し上がった頃には、忍術は求められなくなった。
TV暴れん坊将軍で有名なお庭番たちはその末裔だ。
忍術には忍刀といって、刀柄を接近戦で上手に使い、刃の部分は首などの急所を急襲
するときに使う、1尺5寸ほどの短い物があった。
良くTVで拝見する九ノ一が、刀柄を前へ向けて刃は肘の方へ寝かせる構えだ。
TVでは豪快に「キーン、キーンッ」と討ち合っているが、刃は打ち合っても始まらない。
刃こぼれは命取りなのだ。実際には相手の隙をうかがって懐に入り込み、刀柄でまず、
腹などを打ち据える。これで相手がたじろいだ所を刃で急襲、殺す訳だ。
ま~~着物を着て?これをやるのは?TVの世界だけなのは云うを待たない。
忍術は詰まるところ人を殺す為の技だ。剣術ではなく忍術で。
天井裏に入り込んで糸を垂らす、寝ている人の口へ持って行く、その糸に毒を伝わせる
のだ、忍術毒蜘蛛。な~んでも術をつけるのが正しい。 ~の術。
術というものが人を殺す道具なのだ。なんでもいいのだ。
泳いで人を殺す、忍術あめふらしの術又は水澄しの術だ。多分後者。
なんでも殺しに役立てるのだ。水澄しの術を、足に浮き輪をはめてお城の堀を渡るという
歴史家がいる。確かに川と違い流れも無い。できそうな雰囲気はするが、やっても意味が
ないだろうと思う。
考えられるのは衣装を濡らさない為しかない。衣装の為に危ない思いをするよりも、本当
なら筒でも咥えて水の中を泳いだ方がいい、安全だ。
有名な石川之五右衛門は、秀吉を暗殺しようとして失敗し、京の三条川原で釜茹での刑
にされた。五右衛門は伊賀者の中でも飛び切りの忍術使いで知られていたが、その殺戮
の全てが個人術だった為に謎が多くなってしまった。逆にそのことが歴史に残る逸材に育
てあげられたようだ。誰もが話の腰をもみやすい訳だ。
この時代の日本は京がひのほん(日本)の中心地、首都だった。当然京都弁が標準語だ
ったのだ。 (以下は私が想像する当時の京弁です。京の方は間違いを考慮して読んで下さい)
伊賀者「お~い、最近五右衛門はんは~どこいかはりまいた~?」
の会話「わても~わからしまへん~」
「そうでっか~~wどこぞで~タマ(命)盗られたんちゃいますのんか~?」
「ならへん心配しても~~、、しゃ~ないわな~ほんに、五右衛門はんはい~つも
一人ばたらきや~~」
1月後「お~い、しってはる~?五右衛門はん、三条の川原で釜茹でにされてんって!」
「バカいわしゃいwあの五右衛門はんが?」
「なんでも~秀吉をねろうとって失敗したんやと!」
「お~こわ、伊賀もんが狙われるで~~秀吉のさるめに!」
「よし、里に早く知らせんならん!」
「早足はお前のもんや、われはカニ足しかでけへんしな~」
「それはこっちのせりふや、カニ足の又六はんちゅうたら、誰んもかないまへん!」
おだてられた又六は伊賀の里へ、、、、カニカニカニカニカニ~~~ッ
カニ足は伊賀独特の歩行術。手裏剣(しゅりけん)などに狙われたときは、身体を相手に
向かって横にし、狙われる場所をなるべく少なくする術。
この時1番肝心なのが足使いだ。蟹股(がにまた)に足を開いてまさにカニのごとく歩き、
時にはその状態で走るのだ。テケテケテケ~~~っと、、、^^
カニ足の術は特に女性忍者(九ノ一)に人気が有った。身体に傷を付けたくないからだ。
しかし、想像してみると、、、笑えませんか?
女性がカニ足で歩く姿、、^^
第3部 完